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清廉な一音が鳴る。ちいさく、かすかに空気が揺れる。
「この音……」
不思議と暑さがやわらぐ。床に胡座をかいたまま、紫苑は大きな窓を見上げた。
「あぁ、これ? 風鈴だよ。そろそろ暑くなってきたからねぇ。先に耳だけでも涼しくなろうかと思って」
紫苑と生活をともにする青年が、窓の上端にまるいガラスを括りつける。彼の白い指が小石のようなものに触れて、再び音が落ちた。
音の軌跡を追う。それは窓向こうの抜けるような青にとけ、やがて消えていった。
「紫苑ってさ、風鈴見たことある?」
青年が問う。紫苑は首を傾げた。
「ある。これみたいに、風のかたちを音にするやつだろ?」
「お! おもしろいこと言うね」
やっぱり怪画ならではの感覚なのかなぁ、と青年は感心したように笑って、紫苑の隣に胡座をかいた。
彼のほころんだ表情に、何故だか心が跳ねる。紫苑は胸を張りながら口を開いた。
「主が癇癪を起こして泣いてた時によく聞かせてたよ。そしたら主も不思議と落ち着いてさ。そのまま俺の膝でぐっすり」
「主って、君を描いた絵師のこと?」
「そうだ」
「ふーん……」
青年はわずかに目を眇めた。それから音もなく紫苑の膝に視線を注ぐ。
「雪希?」
青年の──雪希の顔が上がる。彼は淡墨の瞳を輝かせながら言った。
「ねー。仕事で嫌なことがあった日なら、僕も君の膝で寝ても良い?」
「なーに言ってんだ。お前は癇癪起こすような子どもじゃないだろ」
「子どもだもーん」
「あっ、こいつ」
懐かしい重さだった。膝上に雪希の頭が乗り、ぬくもりが伝わる。暑さを厭うていたばかりなのに、不思議と嫌ではなかった。
雪希のやわらかな髪が頬をすべって、彼の顔を隠していく。過去の面影と重なったように見えて、思わずどきりとした。
「……どうした。仕事とやらが嫌いか?」
「ううん、嫌いじゃないよ。まれに君みたいな怪画とも会えるしね。学芸員の特権には感謝してる」
雪希は歌うように言った。嘘をついている様子はない。無理をしている気配もまた。
紫苑は雪希の髪間に手を差し入れ、そっと頭の輪郭をたどった。
「うーん……。紫苑の膝枕、寝心地はそんなに良くないかも」
「文句言うなら降りろ」
「やだ。もっと頭なでて」
ちりん、と風の軌跡が鳴る。かつてあった泣き声は聞こえない。
ただ、楽しそうに跳ねる笑い声だけが、風鈴の音に混じっている。
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#文披31題
#花の産土