つゆり映え

- 妖怪の生態観察所 -
文披31題_Day1「まっさら」


 ──もう一度、彼に逢いたい。
 切望とも、悲痛とも取れる願いだった。
 まっさらな紙上で墨が踊る。(しずく)があとを追う。
 ぽたり、ぽたり。何かをふちどるはずだった線がほどけていく。
 ──ごめん。ごめんな……。
 声が濡れている。ふるえている。何度も何度も同じ音が落ちて、(しずく)がしたたる。
 色のない露が紙にとけていく。じわりとぬくもりが広がった。何かに抱きしめられているようだった。
 それが怪画(かいが)の──紫苑(しおん)の最初の記憶。紫苑が生まれた意味。(あるじ)の心を守る翡翠色の光。
 主の深い哀しみは未だ消えることなく、今なお紫苑の中であざやかに瞬いている。
畳む

#文披31題
#花の産土