幕間「説話」
今は昔。公方さまが京のみやこにおわしたころ。
場所は花のみやこより少し離れた、山深きところ。山あいにて静かにたたずむ、小さな屋敷がありました。その屋敷には四郎二郎という少年が父と数人の側仕えとともに、ひっそりと暮らしておりました。
四郎二郎は幼いころから身体が弱く、外で遊べません。さらに、屋敷は人目につかぬ山中にありましたから、友という友を作ることもできませんでした。
彼はある日、友がいないことを寂しく思い、筆をとって絵を描きはじめます。友がいないならば、絵で描いて作ってしまえばいい。そう考えたのです。
するとどうでしょう。彼が友にと描いた小鳥の水墨画に、魂が宿ったのです。それは
生を受けたばかりの墨の小鳥は、絵の中で数回、羽を羽ばたかせます。青い光をまとう羽で、小鳥は四郎二郎にあいさつをしました。
「はじめまして、我が主。私はあなたの友となるために生まれた四魂。さぁ、ともに遊びましょうぞ」
しかし、それに仰天したのは他でもありません。
「絵がしゃべりおったわ……」
筆を手にしたまま、四郎二郎は腰を抜かしてしまいました。そんな主を見て楽しげに笑うのは、自らを四魂と名乗った小鳥です。
「何をおっしゃいます。あなたのための四魂ですから、話せてあたりまえですよ。私はあなたとたくさんお話しをして、たくさん遊ぶために生まれた存在なのですから」
小鳥は絵の中から優雅に飛び立ちます。四郎二郎の肩に降り立つと、彼の頬に頭をすり寄せました。
今まで感じたことのない、孤独な自分のためだけに存在する小さなぬくもり。四郎二郎は朽葉色の瞳から大粒の涙を流して喜び、小鳥をそっと抱きしめました。
それからというもの、怪画の小鳥と四郎二郎は何をするにも一緒に過ごしました。ご飯を食べるのにも、もちろん遊ぶのにも。そして眠る時も、ともにいました。
今まで屋敷で独り、色のない日々を過ごしていた四郎二郎は、誰かとともにいる幸せの色を味わっていました。こんな日が続けば良いと、願うまでに。
小鳥が友となって、いくつかの季節が過ぎたころ。小鳥は四郎二郎に言いました。
「我が主。あなたと友となれる者は、私だけではありません。きっと、外の世界にもたくさんおります。外に出てみませんか?」
「外はいやじゃ。怖いものがたくさんおると、父上が言っておった。それに私は外に出ると身体が悪くなるのだ。だから、友はそなただけで良い」
言い切る四郎二郎に、小鳥はしばらく頭を傾げて何かを考えているようでした。しかしひらめいたように顔を上げて、四郎二郎を見つめました。
「我が主。ならば、私があなたの翼となり、目となり、橋となりましょう。私が主の友となれる者を外で探してまいります」
怪画の小鳥はこれは名案だと一人うなずくと、四郎二郎が止める間もなく、外へと飛んでいってしまいました。
きっと、私と友となれる者などいないとすぐに諦めて帰ってくるだろう。四郎二郎はそんなふうに考えていましたが、彼の小鳥はいつまで経っても帰ってきませんでした。
二人が出会った春が過ぎ、夏が過ぎても、小鳥が彼のもとに帰ってくる気配はありません。最愛の友が自らのもとから飛び去り、また独りになってしまった四郎二郎が心の寒さに耐えられるはずもありませんでした。
彼は孤独を埋めるかのように、再び絵を描き始めました。
「わたしの心がもっと強ければ、小鳥を探しに外へ行けたのに……。見たこともない外の世界のことを考えると、恐ろしくてたまらなくなる……」
「だがもし、小鳥がどこかで怪我をしていたらどうしよう。それで動けなくなって帰れなくなっていたら、どうしよう……」
「小鳥よ小鳥、私の小鳥。私は、お前以外に何もいらない。お前と過ごす時間を、ただ守りたいだけなのだ。だから、ただ無事に帰ってきておくれ……」
小鳥よ小鳥、私の小鳥。四郎二郎はおまじないのように呟きながら、絵を描きました。
すると、どうでしょう。小鳥の時と同じように再び絵に魂が宿ったのです。
描いた絵は、
魂を宿した三つの絵は紙から抜け出すと、まずは神鹿が口を開きました。
「我が主さま。僕はあなたの心を支えるために生まれた四魂、
恭しく頭を垂れる神鹿の
「我が主様。わたしはあなたの大切な者を癒し、幸せにするために生まれた四魂、
最後に、精悍な人間の青年の姿をした鬼神が膝をついて言いました。
「我が主殿。俺はあなたの望む幸せを守るために生まれた四魂、
怪画から生まれた、三つの四魂。彼らを前に、四郎二郎はみずからの目じりを凛々しく引き上げると、意を決して命じたのでした。
「わたしの友、小鳥を……
主である少年の
こうして、怪画絵師の少年・四郎二郎の友を探す旅が幕を開けたのです。