Afterword

第二十四筆「嫉妬」

【あらすじ】
唐突に江戸にやってきた芦雪の幼馴染み、幸之介。松乃の提案により、幸之介もしばらく流屋に身を置くことになったものの、藤仁はそれに思うところがあるようで……。

本話は芦雪と藤仁のすれ違いを、第三者である幸之介が滅多斬りにしていく話になっています。
今回は以下目次で解説のような書き散らしをお届け。
※クリックするとその内容に飛べます。

藤仁の握った握り飯

これは前々から出したいなと考えていた部分で、予定通りの話に予定通り出せて大変満足している要素です。自己満は計画的に。
藤仁が不格好な握り飯を作っていた話について、Web版では第六筆「比隣」と第八筆「合縁」にて触れていますが、今回は“どうして不格好になっていたか”について触れています。

松乃や幸之介が言及していた通り、藤仁は養父・琳也の方針により一通りの家事ができるよう仕込まれています。なので料理は文字通り朝飯前です。
しかし、藤仁はちゃんとした握り飯を作れるはずなのに、過去芦雪に出したものにおいては何故か全て不格好な仕上がりになっていました。この理由については幸之介が口にした推測の通りで、「郷里を離れて江戸を訪れたばかりの芦雪の心境を思い、少しでも里恋しさが紛れるように俵むすびにしてやりたかった」ためです。
藤仁も松乃と同じく13歳~16歳までは播磨で暮らしていたため、俵むすびの存在は知っていましたし、もちろん食べてもいました。しかし実際に握ったことはなく、さらに当時の記憶は朧気で、そうこう考えているうちに不格好になってしまったようです。
三角に握れば綺麗にできたものを……。あまりに不器用な男です。

そんな藤仁が今回に限り三角に握ったのは、単純に幸之介への嫉妬からでした。
「芦雪が嬉しそうな顔をして、幸之介のために握り飯を作っている事実」が気に入らず、無条件に芦雪の気持ちを受け取れる幸之介がひどく妬ましくて羨ましくて、我慢できなくなって手が出てしまいました。
幼馴染殿の分は俺が握る、絶対芦雪に握らせてたまるか、いっそ三角に握ってやるという大変面倒くさい嫉妬と牽制です。
そもそも幸之介が現れた時点で、彼は幸之介と芦雪の仲にひとり勘違いをしています。ちょうど芦雪と距離を置いたタイミングだったこともあり、どうにもこうにも嫉妬が止まらず、勝手に幸之介を牽制して不機嫌になってそれを幸之介に悟られるという幼さと詰めの甘さ。まだまだだね(某テニス漫画風)。
芦雪のことを大切に想っているはずなのに上手く伝えることができず、そもそも伝えるつもりもない藤仁だからこそ、にっちもさっちもいかないこの状態にドツボにはまっています。次話の活躍に期待。

芦雪の出生

作中での明確な示唆は初めてとなる芦雪の出生。
彼は実子のいなかった長澤家にとって、大事な跡取りとして迎えられた待望の養子でした。しかし、実際に蓋を開けてみると「持病持ち虚弱体質な男の子」。芦雪は、義両親はさぞがっかりしたことだろうと思っています。
本当の両親には捨てられ、拾ってくれた家も誰かからお金もらうために自分を育てていたのだと気づいてしまったため、芦雪の中で本来育つはずの自己肯定感は芽吹くどころかぼろぼろです。瀕死。
ちなみに、書籍版の特典で「俺は死んだ方がいいんだ!」と泣きじゃくりながら叫んでいたのは、義両親が誰かからお金をもらっていたのをたまたま目にしたためでした。幸之介が後を追って芦雪を見つけていなければ、彼は藤仁と出会うこともなくその生命を人知れず終えていたかもしれません。
これらのこともあり、序盤から今の話数までで時折垣間見える芦雪の異常なまでの他者への献身や自己否定は、これまで彼が歩んできた環境に起因しています。

しかしながら、「両親が芦雪を捨てた」「義両親は誰かからお金を受けとるために芦雪を育てていた」のはあくまでも芦雪視点の事実でしかないため、彼視点で進む本編の「事実」と実際の「事実」の乖離は大いにあります。

幸之介の浮世絵コレクション

芦雪と藤仁の仲がこじれまくっているのではないかと、ものの2日で気付いてしまった名探偵・幸之介。
彼が主人公になれば、謎解き歴史ミステリー物語として別の天涯が成立してしまうかもしれません(しません)。

そんな彼が芦雪に差し出した数枚の浮世絵。藤仁と話をするための場所選びとして出てきたものですが、あれらは幸之介の秘蔵浮世絵コレクションの一部だったりします。
幸之介は教養として俳諧を嗜むほか、絵の手習いも受け、楽(がく)もそれなりに奏でられます。中でも、彼は母の影響で絵の鑑賞を好んでおり、幼き頃より浮世絵を少しずつ買ってはコレクションにしてきました。
芦雪に絵の世界を教えたのもこの男にほかなりません。
つまり、彼が本話で芦雪に差し出した浮世絵は本当に大切なもので、幸之介の江戸への憧れの象徴でもありました。
「いつか江戸に行けたら行ってみたい、見てみたい景色」があの浮世絵たちであり、またその中には上野の不忍池も含まれていました。
本来であれば、幸之介はあの場で浮世絵を出すつもりもありませんでした。もともと芦雪と観光するための観光地リストアップも兼ねていたため、不忍池の景色はできることなら芦雪と酒を飲みながら見てみたいと江戸に来る前まで夢想していました。今回も報われず不憫な幸之介。
いつかまたの機会に、芦雪と幸之介が肩を並べて一面の薄桃の景色を見られる日が来ることを願いつつ……。

以上、解説のような書き散らしでした。
ここまでご覧頂きありがとうございます!