Afterword

第二十三筆「来訪」

【あらすじ】
冬吾が亡くなって半月が経った頃。幼馴染みに先立たれ、憔悴する春久を元気づけようと芦雪は彼と他愛もない話をして過ごしていた。
そんな日が幾日か続いた折に、春久からふと語られたのは「ゆかりという絵師を知っている」というもので……。

前話に続き、本話は芦雪と藤仁の行く末にかかわるものになっています。
今回は以下目次で解説のような書き散らしをお届け。
※クリックするとその内容に飛べます。

春久のその後

春久は、最愛の幼馴染み・冬吾と死に別れてからも、彼との思い出と天涯比隣の約束、藤仁に描いてもらった蓮の絵をよすがに生きていくことになります。
武家の者として御家を背負わなければならない責任が彼にはあるため、後追いするにも難しい立場に置かれています。
春久にとって、責任とは浮世での重しであり縛りであり、そして皮肉なことに生きる理由にもなっているようです。
また、冬吾と境遇の似た芦雪に会い言葉を交わすことで、芦雪の存在も少なからず彼を浮世に留める重しになりつつある。
冬吾と春久の関係は、芦雪と藤仁の今後の行く末の象徴でもありますが、果たしてどちらがその道を辿るのかは未だ物語では不明瞭ですし、そもそも冬吾と春久は「有り得たかもしれないもうひとつの藤芦」なのかもしれません。知らんけど。
芦雪も藤仁も、たとえ死が二人を引き離そうと少なくとも互いに満足がいく最期になるのだろうし、そもそも別れなんて訪れず永遠に二人で静かに息をして何度も同じ顔で幸せに笑い合っているのかもしれない。知らんけど(2回目)。全てかもしれない構文でお送りしています。
ちなみに、今回の話でようやく物語のあらすじをなぞりきり、序章におけるどちらかの立場へと突き進んでいくことになります。あとはゴールを目指しテープを切るだけです。百合の脳と腕が。
春久と出会ったことによって少しずつ何かを掛け違え、狂い始める二人の行く末。不穏なバタフライエフェクトなのは仕様です。

采梅の正体

ようやくエンジンがかかり始めた采梅。
別拙作「色彩の国の鑑定士」では準主人公の采梅。
天涯では何もしてないのに芦雪に警戒され続け、心を開いてもらえない可哀想な采梅。
今回も彼の不憫さは絶好調です。
采梅といつも一緒にいる黒猫の四魂・月夜も併せて登場しましたが、彼女も采梅と同じく色彩ではお馴染みの子です。
彼女の本当の生みの親および主は采梅ではないので、彼女は采梅を舐め腐っておりますし、「采梅は私の弟だから私がしっかりしなきゃ。主との約束通り、私が守らなきゃ」と思っています。
采梅と月夜は人間×人外の主従関係に見えて姉弟関係だった説が浮上。

長い前置きはここまでにして本題へ。話の中盤でついに明かされた「ゆかり」の正体は采梅でした。彼がゆかりだと知るや否や芦雪は大喜びです。変わり身の早さはドリル並。
敬愛し憧れるゆかりとの感動の再会に、良かった良かったと胸を撫で下ろしました百合が。
……となる一方、明らかに良く思ってない子が2名ほど。
言いたいことがあったのに喜ぶ芦雪を前に言い出せず、口噤んでしまった藤仁。
そして、もう少しで兄と芦雪がいい感じになりそうで、ようやく兄が元来の笑顔を取り戻してくれそうだと喜んでいた矢先に采梅に全てぶち壊されて、かんかんな松乃。
こんなところでゆかりが見つかるなんて一切思ってなかった住吉兄妹。タイミングが悪いだけなのに采梅がどこまでも不憫です。
采梅はただ自分の目的に素直で、それは全て初恋の許嫁に起因していて、彼も彼なりに思うところがあって動いています。が、それは生憎と周りに伝わってないしむしろ場を乱して終わった。
「貴方から頂いた水仙。押し花にして、今でも大切に持っていますよ」と言ってしまった以上、彼は芦雪にも藤仁にも責任を取らなければなりませんが、当の本人は別に「僕が」とは言ってないので問題ないと思っています。
ノー主語ノー責任。そういう男と言えばそう。この人も色彩の時からなんら進歩がありません。芦雪くんの純情返して。

幸之介の目的

面倒みの良いツンデレ幼馴染・幸之介。第一筆ぶりの登場です。
芦雪にはツンツンツンツンしていますが、心の底では誰よりも芦雪を案じておりますし、またそれを素直に言えないのも「武士たるもの、素直に感情を表すのは恥ずべきことだ」と思ってるからです。可愛い子。
実家が太く家族にも健康にも交友関係にも恵まれたため、他者を気遣う余裕があります。自身に与えられた愛を下の子へ注ごうとするのは、藤仁や芦雪と一緒です。
また、実体が登場せずとも芦雪の思考や回想の中では度々登場しており、芦雪の交友関係の極端な狭さを象徴する人物でもあります。

閑話休題。気を取り直して、これから幸之介が江戸へ来た目的について探っていきます。
遠き京を離れて江戸まで来たのは、彼が言っていた通り芦雪の家族からの頼みでもありますが、何より確かめたいことがあったためです。
いわゆる「眞魚に恋人できたってマジ???」という早合点。別に間違ってはない。全ては伝聞による他者からの報告のせいです。
鈍器版天涯の購入特典短編の顛末にもあった通り、彼は定期的に「芦雪以外から」手紙を受け取っており、芦雪の江戸での様子を人伝の報告で知っていました。
誰が送ってたのかはいずれ近いうちに出ますが、本編では第十五筆「仮面」から既に出ている子だったりします。報告者を探せ。
幸之介は過保護が過ぎてもはやストーカー気質が露呈しているようにも見えますが、幸之介は芦雪を恋慕ってるわけではありません。ただ芦雪の優先順位度が人よりおかしいだけです。
なのに芦雪には一生振り回されていますし、彼への気遣いは報われない。不憫で可愛い子です(2回目)。
つまり。「眞魚に恋人ができた」という事実は、幸之介にとっては一大事なのです。大切に鳥籠にしまって守ってきた幼馴染が、どこぞの馬の骨に誑かされたのではないかと心配でなりません。
それと同時に、幸之介は「眞魚の関心を一身に受け止める存在が気に入らない」。
幸之介は全てに恵まれたがゆえに、何かが欠けると違和感を持ってしまう傲慢さを持ち合わせています。だからこそ、幼い頃から「眞魚の関心が己のみに向かないこと」が気に入らない。「今まで出会った人間は皆俺に関心向けてるのに眞魚だけ向けてくれない。なんでなんでなんで!」と駄々をこねている状態。
多感な時期に芦雪とセフレのような肉体関係に溺れていたのは、年頃の衝動と背徳感への快感と「一時的にでも眞魚の関心が己に向いた」優越感からです。つくづく不憫です。可哀想は可愛い。
つまるところ、幸之介も別の形で芦雪に「依存」しているのです。彼が自立する日は来るのでしょうか……。

以上、解説のような書き散らしでした。
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